「ハクは千尋の兄ではないか?」という説がネットで話題ですが、公式はこれを否定しているのでしょうか?
この記事では、公式の見解やファンの考察をもとに、ハク=兄説の真相に迫ります!
ジブリのキャラクター設定や物語の背景をくわしく探りながら、なぜハク=兄説が誤解されやすいのか、その理由を分かりやすく解説します。
ジブリにも無料で見れる方法があります。
『千と千尋の神隠し』ハク=千尋の兄説は、公式は否定しないの?
引用:スタジオジブリ
「ハクは、亡くなった千尋の兄である」という考察について、公式は否定も肯定もしていません。
ネット上でできる限り調べましたが、スタジオジブリ公式の回答がこちらです。▼
ハクは千尋が元住んでいた家の近くを流れる川の主でした。
引用:ウーマンエキサイト
↑これはジブリの公式Twitter(現在は閉鎖)が、ファンからの質問に答えたうちのひとつです。
2022年1月21日に『千と千尋の神隠し』が地上波放送された日に合わせて、投稿されたようですね。
つまり公式=スタジオジブリや宮崎駿監督は「ハクは川の神様」としか言っておらず、兄説については何も言及していないんです。
あまりにひどい都市伝説(例:トトロ死神説とか)は否定したようですが、基本的に解釈は視聴者にゆだねるスタンスのようですね
参考:J-CASTニュース、ジブリ日誌
とはいえこの回答は、ハク=兄説を
- 遠回しに否定している とも
- 否定したわけじゃない(=言及したわけじゃないから)
とも取れるので、ファンの間では今でも兄説を推す人がたくさんいるようです。
ハクは千尋の兄なの?【→違うといえる最大の根拠】
引用:スタジオジブリ
ハク=兄説の否定の根拠はいくつかありますが、中でも決定打となるのが、ハク本人のセリフ。
「私も思い出した。千尋が私の中に落ちた時のこと。靴を拾おうとしたんだね」
銭婆の家からの帰り道、千尋の言葉でハクの正体が明らかになったシーンのセリフですね。
このセリフはハクが千尋のお兄ちゃんだと仮定すると、矛盾するのお分かりでしょうか?
なぜなら「私の中に落ちた」とは、ハクが川そのものじゃないと出てこない言葉だからです。
もしハクがお兄ちゃんの立場として妹を助けたのなら「自分の体の中に落ちてきた」という表現は使わないはず。
つまり「私の中に落ちた」というセリフは、ハクが川(川の神様)であることを示していて、兄設定とは矛盾しているんですよ。
このセリフだけみても、ハクが
✕お兄ちゃん
○川の神様
であることは、素直に受け取っていいんじゃないでしょうか??
そもそも何がハク=兄説の根拠になっているの?【4つの根拠と反論意見】
引用:スタジオジブリ
そもそも、ハクがお兄ちゃんかもって話は何が根拠になってるの?
まとめてみましたよ
わたし自身この説には懐疑的なんですが、考察としてはかなり面白いと思います
- 何がどうなって「ハク=兄」と言われているのか【肯定派の意見】
- →それについての反論意見
について、ちょっと丁寧めにまとめました。
回想シーンで川に飛び込む半袖の子供
今までのいろんな説で1番鳥肌立ったのは、ハクが千尋の兄説。昔溺れた千尋を助けようとして亡くなったのがハクで2枚目はその時のハクの手。だからハクは千尋を小さい頃から知ってるし、家族『愛』も生まれるし、お母さんは千尋に冷たい。 #千と千尋の神隠し #千と千尋 pic.twitter.com/61ELMTkWMB
— ウサちゃん (@usajapan_) January 8, 2022
ハク=兄説の根拠のひとつは、「回想シーンでの半袖の子供」についての考察です。
肯定派の意見
兄説を推してるの人たち考察が、こんな感じです。▼
千尋が川に落ちたときのことを思い出しているシーンをよく見ると、川に伸びる手の主は半袖のTシャツを着ているのが分かります。
しかし直後のシーンで映る千尋は何も着ていない状態のため、半袖を着た手は、落ちた千尋とは別人であるという見方ができます。
そしてこの手の主こそが千尋の兄であり、命と引き換えに妹を助けた徳の高さから、川の神様(ハク)になったのでは……?
細かな描写に注目した考察とあって説得力もあるので、兄説を信じる人が増えた理由のひとつになっているようですね。
わたしも最初は信じかけました(笑)
反論意見
ですが「半袖の子供」と「千尋」が別人であるという解釈は、あくまで【考察】のひとつ。
見方を変えると、こんな風に否定することもできます。▼
- 半袖の子供は、素直に「過去に川に落ちた子供の頃の千尋」で、
- 服を着てない千尋の方は「現在の心境をアニメ的にあらわした心理描写」
アニメだとよく、キャラクターの純粋無垢なありのままの状態を、裸で表現されますよね。あれです。
つまり「半袖の子供」と「何も着ていない千尋」は別人なのではなくて、どっちも「千尋」。
千尋が過去の記憶から、ハクの名前に関する重要な手がかりを全身全霊でたどっている、という表現ではないでしょうか。
川に落ちたのは覚えてもいないほど小さな頃のはずですが、服を着てない方の千尋の顔が「油屋でがんばってきた10歳の千尋」なのも注目ポイントです
母親が千尋に冷たい
もうひとつ兄説の根拠になっているのが、千尋のお母さんの態度です。
千尋のお母さんって、これまでのジブリのお母さんたちと違ってちょっとドライですよね。
たとえばサツキとメイのお母さんと比べると、かなりキツい……。
引用:スタジオジブリ
肯定派の意見
その冷たさの理由を考察してみたとき、じつは長男を千尋のせいで亡くしていて、それがハクなのでは?という見方ができるようです。
その考察がこちら。▼
今現在兄の姿がなく千尋も知らないことから、千尋の兄(=ハク)は、川に落ちた妹を助けたことで帰らぬ人になってしまったと考えます。
千尋が兄の存在を知らないのは、母親が辛さのあまり隠し通しているから。
しかし大切な長男を死なせてしまった千尋のことを無意識的に恨んでいて、つい冷たく接してしまうのでは……?
引っ越しも、長男のことで塞ぎ込む妻を心配した千尋のお父さんが提案したのではと考えることもできます。
反論意見
ですが「千尋のお母さん」は、そもそもドライというか、クールなキャラクターとして設定されたそうなんですよ。
公式はTwitter(現在は閉鎖)で、こんな発言をしていました。
作画監督の安藤雅司さんは、宮﨑作品に出てくるお父さん、お母さんイメージではなくしたかったと語っており、「クールで家族の和が乱れるところにいない人」を意識して設定したそうです。
引用:はちま起稿
またネット上でも、
- 「というか、世のお母さんって通常運転こんなもんよね」
- 「引っ越しで忙しくなるときにブーブー文句言われたらあんな態度にもなる」
- 「あのお母さんは優しいほう。私ならもっとガミガミ言っちゃう…汗」
という声が目立ちました。
つまり千尋のお母さんがあんな感じなのは、
- もともとの性格 や、
- 「引っ越し当日に娘がダラダラと文句ばかり言う」状況
が理由では?と考えることもできます。
個人的にも「母親が冷たい=長男が千尋のせいで亡くなったから」はかなり違和感です
わたし自身三児の母ですが、いくら長男が千尋を助けて亡くなったとしても、千尋だって大切な娘のはず
というか恨むのもなんか筋違いじゃないですか……?
それに、ちゃんと母として千尋に優しくしてるシーンだってあるんですよ
- 「千尋、そんなにくっつかないでよ。歩きにくいわ」とはいうものの、振りほどきはしない
- 川を渡るときに「早くしなさい」と手も貸さないけど、渡った先でちゃんと振り向いて待ってくれてる
- 「案外駅が近いのかもしれないね」「千尋、すっごくおいしいよ」など、千尋に笑顔を向けるシーンも多い
「冷たい」というより「リアルな」お母さんって感じね
窯爺のセリフ「愛だ、愛」
窯爺セリフも、兄説の根拠としてよく言われていますね。
「分らんか。愛だ、愛」
ハク竜を苦団子で鎮めたあと、千尋が銭婆のところへ行こうとする場面で、何があったのか尋ねるリンに言ったセリフですね。
肯定派の意見
窯爺の言う「愛」とは「兄妹(きょうだい)愛」のことを指しているのでは?
反論意見
このセリフに関しては調べてもあまり出てこなかったのですが、
窯爺はべつに関係性については深く言及してたわけじゃないんじゃないかなぁ…と個人的には思います。
仮に本当にハクが兄だとしても、ハクも千尋も覚えてない・思い出してないあの時点で、釜爺にふたりが兄妹だなんてわかるはずないと思うんですよ
窯爺は要するに、千尋がハクのために必死で行動しようとしたり、心配したりしていた姿に、尊い「無償の愛」を感じたのではないでしょうか。
見返りも求めず、自分以外の誰かのために困難に立ち向かおうとする千尋の「無償の愛」「無条件の愛」に深く感動したと解釈するなら、窯爺がしみじみと「愛だ、愛」と言ったことも説明がつく気がします。
ハクが千尋を覚えていて、とても優しくしてくれる
冒頭で出会ってから最後の最後までハクが千尋に優しいことも、兄説を後押ししているみたいですね。
「そなたの小さい頃から知っている」
「でも不思議だね。千尋のことは覚えていた」
肯定派の意見
ハクがずっと親身になって優しくしてくれるのも、千尋のことだけは覚えていたことも、ハク=兄を前提とするなら「兄妹愛」として説明がつくと考えられます。
反論意見
ですが、ハク=川の神様を前提とするなら、こんな風に考えることもできます。▼
そもそも川に落ちたのを助けたのは千尋が覚えていないくらい前のことなんだから、「小さい頃から知っている」のは当たり前。
迷い込んできた千尋に優しくしたり助けてくれたりするのは、過去に一度助けた子が目の前で不幸になることを、ハクは神様として見過ごせなかったのではないでしょうか?
八百万の神様といってもいろいろでしょうけど、最初に湯婆婆がいる階層までついてきてくれた大根の神様や、クサレ神と思われていた川の神様(おじいさん竜)も、千尋に親切にしてくれましたよね。
彼らは神として、純粋な子供である千尋を守り、導く役割を果たしてくれていたのかもしれません。
はじめは「神様としての責任感や役割」から優しくしてくれたとしても、千尋の無償の愛を受け、ハク個人としても情が湧いたのではないかなって
(でも恋愛感情ではないと個人的には思ってます)
(←個人的にね。これもたくさん受け取り方があると思います^^)
\ジブリや未配信アニメも見れる/
無料期間中の解約もOK
まとめ:ハクは川の神様【考察は楽しみ方のひとつであって、真実とは限らない】
千と千尋の神隠し [DVD]
いろいろ書きましたが結論は、
- 「ハク=兄説」を公式は否定も肯定もしていない
- 「ハク=川の神様」は確定(公式の発言・作中でのハクのセリフから)
わたしの個人的意見としては、「兄説は考察としては面白いけど、あくまで都市伝説。ハクは川の神様であって兄ではない」という結論です。
【考察】というのは「作品を楽しむ方法のひとつ」だとわたしは思っています。
好きな作品について気が済むまで深掘りしていくのって、めちゃ楽しいですよね。
この記事を通じて、皆さんも新たな視点で『千と千尋の神隠し』を楽しんでいただければ幸いです^^